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May 31 2006
■わらしべ長者考
「わらしべ長者」という昔話はご存知でしょう。藁から物々交換して、挙句長者の旦那になったっていう話。そこから価値の無いものが羨むほどの価値に転々と化け、棚ボタ的に儲かったことを「わらしべ長者」と慣用句的に使っていると思う。
でも良く考えてみてほしい。昔話というのは、何かしらの教訓を暗に伝えていることが多い。だから昔から子供の教育的役割も果たしてる。
「わらしべ長者」は子供に何を伝えているのか?
まさか「世の中棚ボタうはは!なことがあるんよ」とは子供に説明できないですよね。棚ボタ的に儲けた究極の成金を賛美するわけがない。同じ意味で、あれほどの幸運が続く話も噂になるほどの面白さはあるだろうが、昔話という教材にはなり得ない。
実は「わらしべ長者」が「わらしべ長者」たるポイントは、最後の締めにある。長者の娘と結婚した男は、長者になってからも仏様の教えである藁一本も大切にし、変わることなく働き者であった。それで益々の長者になったそうな。その姿から誰からともなく「わらしべ長者」と呼ばれるようになったとさ。つまり、物々交換を指して呼ばれたのではなく、藁をも大切にするその長者らしくない姿、信仰深い姿に敬意を表して「わらしべ長者」と呼ばれた。という話なのである。
なーんて偉そうに書いてるけど、
ボクも先日のまんが日本昔話を見て気づいたんだけどね^^
だけど、昔話は大人視点で読み返すと、実に面白いことが発見できる。
例えば、赤鬼は船舶事故等で漂流した外国人ではないか?という説がある。
そうだとすると、桃太郎は、瀬戸内海に迷い込んだ外国船舶がたまたま停泊しており、そこを襲撃した可能性がある。外国の品々が船には積まれていただろうから、そりゃお宝満載だっただろう。
一寸法師では、「あの山を越えると都かぁ…よぉーし!行ってみよう!」お椀の船に乗った一寸法師は川をどんどん下って、とうとう都に着きました、とある。ということは、京都市内を流れる川(鴨川ですね)を川上から下ってきたことになる。つまり、一寸法師は京都北部、京北か朽木か、そのあたりに住んでいたことになる。
念のために言っておくが、これはKOuが勝手に想像した話なので、確かな学説ではない。だけど、こうやって大人視点で考えると、想像もしなかった発見があって楽しい。
- by KOu
- at May 31 15:25
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■Comments
あ。私も「わらしべ長者」の日本昔話見ましたよ^^
最後、それを聞いて驚きでした。
たなぼたのことじゃなかったんだぁって・・・
でも、ワラ①本でも大事にするのは難しいことであり、
いいことですよね^^♪
- Yuki
- June 2, 2006 08:27 PM
■ちゃめさん
良くある視点変化をすると、こう考えられなくもありません。
>保津峡でお椀がひっくり返りますね(笑)。
あははww そうかも?
そういう意味でも鴨川の方が向いているかもしれません。
■Yukiさん
見られました?
あの後、いろいろなメディアでの昔話を見てみたのですが、最も伝えるべき本質を見失っているモノが多いのに驚きました。
わらしべ長者の多くは、たまぼた話になっています。
言い伝えだから、変化してもよいのかもしれませんが、本質が伝わらないのでは、その存在意味もわからなくなり、結局廃れていくような気がします。ちょっと悲しいですね。
- KOu
- June 5, 2006 01:47 PM
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>外国の品々が船には積まれていただろうから、そりゃお宝満載だっただろう。
笑いました。
そう考えると桃太郎は倭寇もどき、或いは水軍の仲間?でしょうか。
>つまり、一寸法師は京都北部、京北か朽木か、そのあたりに住んでいたことになる。
亀岡や園部は如何でしょう(桂川)?
保津峡でお椀がひっくり返りますね(笑)。